中国語の部屋とは?人工知能(AI)の理解に関する思考実験について紹介
本記事では、中国語の部屋とはどのような内容か、人工知能とどのように関係するのかなど解説します。
本記事では、中国語の部屋とはどのような内容か、人工知能とどのように関係するのかなど解説します。
知識・情報
2022/07/08 UP
- AI
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中国語の部屋とは、コンピュータの理解に関する思考実験です。人工知能に関する話題で語られることも多くあります。本記事では、中国語の部屋とはどのような内容か、人工知能とどのように関係するのかなど解説します。
中国語の部屋とは
はじめに、中国語の部屋と呼ばれる思考実験のストーリーと、この思考実験が生まれた理由について説明します。
思考実験の概要
中国語の部屋の思考実験には、質問者と回答者の2人の人物が登場します。思考実験のストーリーは次のとおりです。
<登場人物>
王さん:中国語で質問を出す。部屋の外にいる
マイクさん:英語しか分からない。ある部屋の中にいる
完璧なマニュアル:あらゆる質問を想定して作成したマニュアル。部屋の中にある。
<流れ>
王さんがマイクさんに手紙を出す
(ただし手紙は中国語で書かれている)
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マイクさんは中国語が分からないが、
部屋にあらゆる質問を想定して中国語と英語の対応が書かれた完璧なマニュアルがある
マイクさんは、このマニュアルをもとに中国語で回答
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(上記の手順を何度か繰りかえす)
▼
結果は・・・?
王さん:部屋の中にいる人は中国語を理解しているんだな!
マイクさん:中国語はさっぱりだが、マニュアルのおかげでなんとかなったな…。
このように、部屋の中には中国語を理解できない人しかいないわけですが、質問と回答のやり取りを何度も繰り返すうちに、質問者は部屋のなかには中国語を理解できる人が入っていると認識するでしょう。
しかし、質問者と回答者とのあいだで対話は成立していますが、部屋のなかにいる回答者は中国語を理解していないため、質問者の認識は誤りです。
チューリングテストへの反論として登場
中国語の部屋の思考実験の考案者は哲学者のジョン・サールです。数学者のチューリングが提唱した、チューリングテストへの反論として作り出されました。このテストはコンピュータが知能を持つかどうかを判定するための思考実験です。
チューリングテストの思考実験では、質問者は2台のディスプレイに質問を行ないます。ディスプレイのうち1台は人間が操作して回答し、もう1台はコンピュータが人間を真似て回答します。質問と回答のやり取りを繰り返したとして、質問者は人間とコンピュータの見分けがつくでしょうか。もし見分けがつかなければ、コンピュータには知性があると判断します。
一方で、中国語の部屋のストーリーでは、部屋のなかの回答者は中国語を理解していないにも関わらず、完璧な回答を返しています。つまり完璧な回答が返ってくるからといって、コンピュータもしくは回答者に必ずしも知性があるわけではないと、ジョン・サールは反論したのです。
なお、チューリングテストについては、こちらの記事も併せてご覧ください。
チューリングテストとは?「人間らしく」思考するAIへの挑戦と反論
中国語の部屋と人工知能
中国語の部屋は、人工知能について考察する際にも使用されることがあります。また人工知能の分類の仕方である「強いAI」や「弱いAI」は、中国語の部屋の考案者であるジョン・サールが提唱しました。なぜ人工知能が関連するのか、その理由について説明します。
中国語の部屋はコンピュータと考えられる
中国語の部屋の内容をコンピュータに置き換えて考えてみましょう。部屋全体がコンピュータ、部屋のなかにいる回答者はCPU、中国語のマニュアルはプログラムと代替できます。中国語の部屋のストーリーは、コンピュータ内のCPUが中国語を理解するプログラムを読み込み、中国語の質問文に対して回答を作成していると考えられるでしょう。
しかし、CPUはプログラムのとおりに中国語で回答する処理を実行しているだけであり、中国語を理解しているわけではありません。この話から、たとえ人工知能を搭載したロボットが人間のように振る舞い、人間の問いかけに対して的確に回答したとしても、人工知能は必ずしも人の心の動きを理解しているとはいえないことがわかります。
強いAIと弱いAI
人工知能(AI)を大きく2つに分類すると、強いAIと弱いAIに分けられます。強いAIとは、人間のようにプログラムされた自意識を持ち、さまざまな情報から総合的な判断ができるAIです。SFの世界では登場するものの、現実には実現していません。一方で、弱いAIとは一定範囲の業務のみ処理できるAIのことであり、想定外の事態には対応できません。弱いAIは現実でもすでに実現しており、写真から人の顔を認識するAIが一例です。
中国語の部屋では、回答者は中国語を理解できませんが、マニュアルに沿って作業することで正しく回答します。定められた業務のみ行なっているため、弱いAIの比喩であると考えられるでしょう。つまり、チューリングテストに合格する弱いAIは実現できても、物事を理解できるような強いAIは実現できないといえます。
中国語の部屋に対する反論
中国語の部屋に対してこれまで多くの反論があり、本記事では代表的な3つの反論を紹介します。一部の反論に対しては、考案者であるサールも自身の意見を述べています。
(1)部屋全体で中国語を理解していると考えるべき
中国語が理解できているかどうかは、部屋のなかにいる回答者だけではなく、中国語のマニュアルなども含めた部屋全体で考えるべきであるという反論です。回答者やマニュアルも含めて部屋全体が一つのシステムと考えてみましょう。質問に対して正しい回答を返しているので、部屋全体では中国語を理解できているのではないでしょうか。
この意見に対するサールの反論は次のようなものです。部屋全体が一つのシステムであるなら、部屋自体を一人の人間と置き換えられます。つまり、部屋のなかの回答者が中国語のマニュアルをすべて記憶しており、頭のなかで中国語と英語の置き換えをしながら回答を作成しているとしましょう。
その場合でも、回答者は中国語を理解していないといえます。回答者は中国語の記号の意味を理解しているわけではなく、ただ形式的に中国語と英語の置き換えをしているに過ぎないのです。英語を理解している回答者が、英語の質問に対して英語で回答する場合とは、思考のプロセスが異なるはずです。
(2)脳の活動をシミュレートすれば心を持つのではないか
脳の神経活動をシミュレートしたコンピュータであれば、実際の人間のように心を持ち、理解ができるようになるのではないかという反論です。人工知能の技術の一つである、ディープラーニングも脳の神経活動を模擬した構成のプログラムとなっています。
この意見に対して、神経活動を形式的にシミュレートしただけでは人間のような理解は生じないとサールは反論しました。あくまでもニューロンの興奮やシナプスでの情報伝達をシミュレートしているに過ぎず、理解を生じさせるには脳の神経細胞が持つ因果的性質をシミュレートしなければならないとのことです。
ただし、実際の人間の脳が物事を理解する仕組みも明らかになっているわけではありません。形式的なプロセスから理解が生じないとも言い切れず、理解の新たな形態とも考えられるでしょう。
(3)記述量が膨大であり成立しない
中国語の部屋には、あらゆる質問を想定した中国語のマニュアルが登場しました。しかし、そのようなマニュアルは記述量が膨大になるため作ることは不可能であると反論されています。この反論は2009年に生まれた比較的新しいものです。
科学者のレベックは中国語の部屋を再検証する論文にて「足し算の部屋」という思考実験を発表し、計算論的考察を行ないました。計算量を見積もるため、中国語ではなく足し算の計算を題材にしています。10桁の数を20個足すという単純な足し算を設定し、足し算のマニュアルが作れるかを検証しました。
重要なのは、足し算のアルゴリズムを理解していない人のためのマニュアルであるということ。そのようなマニュアルを作成するために必要な容量を計算すると、宇宙に存在する分子量よりも多い記述量となってしまい、物理的に作成できないことがわかっています。
中国語の部屋はAIの理解に関する思考実験
コンピュータが知能を持つかどうかを判定するチューリングテストへの反論として、中国語の部屋と呼ばれる思考実験が生まれました。中国語の部屋をコンピュータに置き換えて考えることもでき、人工知能が人間のように振る舞い回答したとしても、物事を正確に理解しているわけではないことを示しています。
中国語の部屋の考案者であるジョン・サールは、自意識を持ち総合的な判断ができるような強いAIは実現できないとしています。ただし、中国語の部屋には反論も多く存在し、2000年代になっても新たな反論が生まれていることは留意しておくべきでしょう。